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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2220号 判決

控訴人

日本映画ピーアール株式会社

右代表者

岩井延幸

右訴訟代理人

遠藤順子

被控訴人

エスエス製薬株式会社

右代表者

森山喜由

右訴訟代理人

伊賀満

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審で拡張した請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人が医薬品の製造販売等を目的とする株式会社であること、訴外石上束が被控訴会社宣伝課広告係長であつたこと、は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、控訴人は各種の宣伝広告を目的とする株式会社である事実が認められ、これに反する証拠はない。

二そこで、控訴人と被控訴人との間で、「自由化旋風」と題するテレビ映画を控訴人主張のような内容で製作放映する旨の契約が成立したかどうかについて検討することとする。

(一)  〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち

1  控訴会社代表者岩井延幸は、昭和三七年ころからシナリオライターをする傍ら広告宣伝等の仕事をはじめ、昭和三九年一月ころ控訴会社を設立してその代表者となり、数名の社員とともに広告宣伝関係の業務に従事していたこと

2  右岩井は、昭和四〇年四月ころから「自由化旋風」なる題名でテレビ映画の製作を企画し、これを有力スポンサーに持込んで映画製作のうえ放映させてその仲介手数料等を得ようと考え、自らその台本執筆にとりかかると共に、訴外日野自動車株式会社、同東洋工業株式会社、同日本ハム株式会社等に相次いで右企画を持ち込み、その採用方を申入れていたがいずれも思わしく進展しないため、同年八月ころ被控訴会社宣伝課広告係長であつた訴外石上束のもとにも右企画を持ち込み、被控訴会社においてこれを採用してくれるように申込み、そのころまでに出来上がつていた「自由化旋風」なるテレビドラマ数話分のシナリオ原稿を渡してその検討方を申入れたこと

3  そして、右岩井は、このように主要スポンサーを探がす努力を重ねる一方、これが採用される場合を予想してそのころ訴外日本テレビ株式会社に右企画の大要を話して放映の可能性を打診したところ、同訴外会社の営業担当者である訴外田中哲哉からスポンサーがつけば放映時間帯のやりくりは可能であるとの回答を得られたので、さらに訴外日活株式会社テレビ映画製作課長である訴外園山蕃里や同訴外会社テレビ企画営業課長の訴外山内弘道らにも接触して右企画によるテレビ映画の主役に長門裕之らを宛て、製作費を一話一三〇万円で製作したい旨の希望を申出、同訴外会社においても製作を実施するときには引受けても良いとの方針であつたこと、

4  被控訴会社の石上は、右岩井からの申出に基づき一応シナリオ原稿の検討を約しておいたところ、その後再三にわたつて岩井から採否の回答を求められたが確答せず、また右映画の主役として前記長門裕之を起用し得るとの申出があつたが、被控訴会社としてはコマーシヤルタレントとして右長門を使い得るのであれば好都合である旨を岩井に伝え、さらに岩井があくまで「自由化旋風」の企画を採用することに固執していたので、一話分程度のパイロツトフイルムを製作して試写を見せて貰えれば採否が決定できる旨を申入れておいたこと、

5  しかし岩井はその後も被控訴会社の右石上との間で執拗に接触をつづけるとともに、放映等の契約を成立させるためには広告代理店による媒介を必要とするため、広告代理業を営む訴外第一インターナシヨナル広告株式会社に右企画を持ち込み、同訴外会社営業課長岸川晧哉らにも協力させ、同訴外会社に企画書の作成を依頼して右岸川らをも交えてさらに被控訴会社に右企画の採用方の促進を図り、また前記日活株式会社との間でも製作の具体化をすすめようとし、一方石上は、昭和四〇年九月ころから翌四一年八月ころまでの間に、岩井と共に来訪した第一インターナシヨナル広告株式会社、日活株式会社大映株式会社等の担当者に応接し、或いは本件テレビ映画製作に関する打合会に出席するなどしたが、これらはいずれも被控訴会社との間の右テレビ映画放映契約を成立させたいと積極的に働らきかけてくる岩井に求められ、右契約申込を承諾するかどうかについて未だ上司の決裁を得ないで行つていたものに過ぎないものであり、結局石上としては、被控訴会社の企画採用に関する明確な回答をしないままであつたこと

以上の各事実が認められ、〈る。〉

(二)  〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち

1  テレビ電波を利用して行う広告放送は、広告依頼者であるスポンサーと、放送機関であるテレビ局との間に広告代理店が介在し、その媒介によつて成立する広告放送契約に基づいて行われるのを例としており、その方法は、通常、テレビ局において番組を企画製作したうえ広告代理店を通じてスポンサーを探がし、その媒介のもとに一定の放送料金(電波料、ネツト料、製作費等)で特定の時間に放映することを約して行われる場合と、広告代理店において番組を企画立案したうえでスポンサーに売込み特定の時間を希望してテレビ局に申込み、電波料、ネツト料等の放送料金の支払いを約して行われる場合(いわゆる持込み企画、或いは買取り番組)とに大別されるが、いずれの場合にあつてもテレビ局とスポンサー、或いは広告代理店間において、右放送契約の成立を証する契約書等の書面を作成することはしないままに放送されることが通例であること、

2  このように、広告放送契約において契約書等の契約成立を証する書面を作成しないのは、テレビ局等の放送機関は、その公共的性格から広告よりも報道に関する編成権が優先し、特定の時間を特定スポンサーが買い切るような形式をとると、突発的なニユース放送等の報道ができなくなるおそれの生ずることを慮り、相互の当事者間の高度の信頼関係に依存して放送を行うとの慣行によるものであると共に、放送番組の視聴率等による変更(予定より長期間放送し或いは短期間で放送を中止する等。)に対する配慮からであること、

3  広告代理店の企画立案にかかる持込み企画にあつては、広告代理店において予めテレビ局に特定の時間帯の買取りを申込みその了承を得たうえ、製作者を選定し、その間で製作番組の上映権・販売権・リピート権・興業権・外国販売権・商品化権・出版権・音楽権・原作権・著作権・脚本権・監督権等の主要な権利の帰属者を定めて製作を依頼し、同番組のスポンサーを探して売り込みを行つてはじめて広告放送契約締結の運びとなること、

4  広告代理店がスポンサーとテレビ局を媒介して広告放送契約を成立させる際には、一般に放送料金が高額であるうえ、前記のように書面による契約の方式をとらないため、スポンサー側も広告代理店側も、それぞれ担当者のみではなく、それぞれ代表し得るような地位にある者との間で契約の締結を確認する慣例となつていること、

5  控訴人が被控訴会社に採用方を申入れていた本件テレビ番組は、いわゆる持込み企画として控訴人の創案にかかるものであつたが、広告代理店としてその間に入つた第一インターナシヨナル広告株式会社或いは控訴会社と被控訴会社間においてかような確認まで行われなかつたたこと、

6  被控訴会社においては、昭和四〇年ころテレビ番組の放映を行う際は、予め担当課である宣伝課において番組内容、時間帯等を検討選定し、関係部課長、担当者等と協議し更に常務取締役会の承認を得た後稟議書を作成して社長の決裁を得てはじめて放映を決定し、事前又は事後に広告代理店に宛てた広告申込書を差入れ、広告代理店は広告申込請書を被控訴会社に差入れると共にテレビ局に放送連絡票を交付して所定番組の放映が行われる取扱いとなつており、控訴人から申込まれた「自由化旋風」なる番組の企画についてはこのような手続が行われなかつたこと、

以上の各事実が認められる。

(三)  してみると、控訴人は、控訴会社代表者岩井延幸が立案したテレビドラマ「自由化旋風」なる番組を企画してその製作放映等を被控訴人に申込み、これが製作等の実現に努力していた事実は認められるものの、被控訴人が右申込を承諾して控訴人との間にその主張のようなテレビ映画の製作放映に関する契約(控訴人のいう基本契約および製作開始に関する契約が考えられるとしてもそのような契約を含めて)が成立した事実を認めるには足りないものというほかはない。

もつとも、録音テープの存在については争いがなく、当審における控訴会社代表者本人尋問の結果(第一ないし第三回)から石上束らと岩井延幸との間の会話を録音したテープの内容を文章化したものと認められる〈証拠〉によれば、被控訴会社において控訴人の右申込みを承諾ないしは黙示的に了承したことを推認させるかのような事実を右石上が供述した部分がないでもない。そして被控訴人は右録音テープおよびこれを文章化した〈証拠〉はいずれも違法に収集されたもので証拠能力を有しない旨主張するところ、〈証拠〉を総合すると、控訴人は、本件につき第一審において敗訴判決を受けたのは、前記石上が控訴人に不利な供述をなしたことに起因するものと考え、これを不服として控訴申立てをする決意を固めていたが、代表者岩井延幸は、かねて被控訴会社人事課長植木和俊と幼少の頃から親交があつたことから、同訴外人を通じて右石上を酒席に招いて酒食を饗応したうえ同人から自己に有利な供述をなさしめてこれを秘かに録音テープにとろうと企て、控訴提起前である昭和四七年九月六日ころ、右植木を通じて石上に対し、自己の後援者である訴外森某に本件を有利に説明して欲しいなどと依頼し銀座の料亭「らん月」に招待し、右森をも同席させて石上らに酒食を饗応し、録音されていることを知らない同人らに本件の経緯について種々誘導的に質問して石上には単に諾否を答えさせるような方法で会話を交し、その間襖を隔てた隣室でこの問答を録音テープに収録し、これを当審における証拠とし、その取調べを求めるに至つたものである事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。してみると、右各証拠は、供述者である石上らに不知の間収集録取された同訴外人らの供述を内容とする証拠というべきである。

ところで民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく、当事者が挙証の用に供する証拠は、一般的に証拠価値はともかく、その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべきことはいうまでもないところであるが、その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によつて採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。そして話者の同意なくしてなされた録音テープは、通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから、その証拠能力の適否の判定に当つては、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべきものと解するのが相当であり、これを本件についてみるに、右録音は、酒席における石上らの発言供述を、単に同人ら不知の間に録取したものであるにとどまり、いまだ同人らの人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものということはできないから、右録音テープは、証拠能力を有するものと認めるべきである。

そこで右録取にかかる石上の供述をとつてもつて控訴人主張の契約の成立を認める資料と評価し得るかどうかについて考えるに、右供述は、前認定のように岩井延幸からその後援者に自己の立場を有利に説明して欲しいとの要請をうけた石上らが酒食の饗応を受ける席上においてなされたものであつて、右岩井の誘導的発問に迎合的に行われた部分がないでもないと認められるので、右録音テープに録取された石上の供述部分はにわかに信用しがたいものがあり、そのほかの証拠資料をもつてしても控訴人主張の契約の成立を認めさせるには足りない。

三したがつて、被控訴人との間の契約の成立はもとより、被控訴人の被用者である石上において、控訴人のなした本件テレビ映画の製作放映に関する契約の申込についてこれを承諾した事実は認めがたいから、控訴人の主張はすべて理由がないことに帰する。

四よつて控訴人の本訴請求は当審における拡張部分をも含めて理由がなく、原判決は相当であり、本件控訴及び当審で拡張した請求はいずれも失当であるから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(小林信次 滝田薫 桜井敏雄)

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